前回、難聴の程度が悪くなるほど、認知症になるリスクが高くなることを説明しました。しかし、現在までその原因については、まだよく分かっていません。
難聴と認知症との関係について、愛知医科大学・耳鼻咽喉科の内田育恵先生が論文(文献1)に4つの仮説としてまとめられていますので、今回はそれをご紹介いたします。
仮説1)認知負荷仮説
聴力が低下して聞き取れない音が増えると、脳は一生懸命それを聞こうとします。そうすると、脳に他の働きをする余裕が減り、結果として全体的な認知能力が低下するとする説です。これを「認知負荷仮説」といいます。この仮説は、1998年に教育心理学の分野で、心理学者のジョン・スウェラーによって開発された仮説をもとにしています。
例えば、次の図1のようにヒトの脳の処理能力を100%とすると、健聴者であれば人の音声を聞いたときに、聴覚処理に50%、その認知処理に50%に使用しているとします。
しかし、難聴があると音声がよく聞こえないために、一生懸命聞こうとして多くの脳の能力(90%)が聴覚処理にさかれます。そうすると、残りの10%でそれを認知処理しなければならないので、認知処理があまり出来なくなります。
仮説2)カスケード仮説
「カスケード」の言葉のもとの意味は、連なった小さな滝を意味します。これが転じて、物事が連鎖的あるいは段階的に生じる様子を表します。
つまり、難聴で聴覚に入力が少なくなると、神経活動の低下が起こります。その結果、脳の構造変化が生じ脳容積も小さくなって、最終的に認知機能が低下するという説です(図2)。
仮説3)共通原因仮説
難聴と認知障害のどちらも、老化した脳における組織や細胞の機能の減退、すなわち一般的な神経の変性による結果で生じるとする説です(図3)。難聴と認知障害が同時に発生すると考えられています。
仮説4)過剰診断仮説
聴覚の低下があると、認知機能を調べる検査の指示や内容がわからないために、特定の神経心理学的検査の成績に影響を与えます。その結果、認知障害のレベルの過大評価につながる可能性があるとする説です(図4)。
それでは、補聴器で音を聞くと、聴覚が刺激されて脳の負荷が軽減すれば、認知症は予防できるのでしょうか。
次回(その3)では、「認知症と補聴器の効果との関係」をお話しします。
参考文献
1. Uchida Y, Sugiura S, Nishita Y, et al.: Age-related hearing loss and cognitive decline – The potential mechanisms linking the two. Auris Nasus Larynx 46:1–9, 2019.